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福岡地方裁判所 昭和54年(行ク)1号 決定 1979年4月20日

申立人 松見俊信

被申立人 九州大学教養部長

代理人 上野至 宮川政俊 ほか三名

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

第一申立人の申立ての趣旨及び理由

一  申立ての趣旨

1  被申立人が申立人に対し昭和五三年一二月五日付もつてなした除籍処分の効力は、本案判決確定に至るまで停止する。

2  申立費用は被申立人の負担とする。

二  申立ての理由

1  経過

(一) 申立人は、昭和五〇年三月大分県立舞鶴高等学校を卒業し、同年四月九州大学法学部に入学した。

九州大学法学部の修業年限は四年であるが、そのうち当初の一年六月を教養課程として教養部において履修し、これを終了した後、学部に進学して二年六月の専門課程の履修をすることになつている。

(二) ところで、申立人は、昭和五一年九月・同五二年九月の二回にわたり、単位不足によりいわゆる留年となつたが、教養部における在学期間の限度が三年六月であるため、昭和五三年九月末日までに全単位を修得すれば、学部への進学が可能な状況にあつた。

(三) 申立人は、昭和五三年二月六日三里塚空港開港阻止闘争に参加して逮捕され、同月二八日千葉地方裁判所へ身柄勾留のまま起訴された。右勾留は、昭和五三年九月二〇日保釈により釈放されるまで続いた。

(四) 申立人は、右起訴と同時に、その父松見時也に対して休学願を大学に提出するよう依頼し、同人は、同年四月二三日、申立人を代理して申立人の指導教官である斎藤文男を通して、被申立人に対し、向う一年間の休学願書を提出した。

(五) ところが、被申立人は、右休学願に対して一向に許否の決定をせず、同年九月二〇日に至り、ようやく休学願を受理できない旨の通知(以下「本件不許可処分」という。)を発した。

その後、被申立人は、申立人に対し自主退学の勧告をしていたが、申立人がこれに応じないため、昭和五三年一二月五日、同年九月三〇日付をもつて除籍処分「以下(本件除籍処分」という。)に処した。

2  本件除籍処分の違法性

(一) 休学願不受理の違法性

(1) 九州大学における休学制度

九州大学における休学制度は、九州大学通則に規定されている。それによれば、

イ 疾病又は経済的理由のため二か月以上修学できない場合は学部長の許可を得てその学年の終りまで休学することができる(通則二一条一項)。

ロ 前項のほか、特別の事情があると認められたときは学長は学部長の申請により休学を許可することができる(同条二項)。

ハ 休学した期間は在学期間に算入しない(同二四条)。

ニ 休学期間は教養課程においては一年六月を越えることができない(同二五条)。

とされている。

(2) 本件休学不許可処分の違法性

イ ところで、本件申立人の休学願に対しては、被申立人は、前記(1)ロの条項に照らして、特別の事情ありと認め休学許可の申請を学長に対してなすべきであるのに、これをなさなかつた点において裁量権を逸脱した違法性がある。

申立人が教養課程において修得を要する単位・現在修得している単位および今後修得を要する単位は次のとおりである。

修得を要する単位

既に取得した単位

今後取得を要する単位

外国語 一三単位以上

六単位

七単位

英語 七単位

四単位

三単位

独語 六単位

二単位

四単位

一般教養科目三二単位以上

社会科学 一〇単位以上

四単位(社会学)

一二単位(仮定)

人文科学 一〇単位以上

四単位(倫理学)

一〇単位

自然科学 一〇単位以上

四単位(科学史)

一〇単位

右以外に一般教養科目及び外国語科目から六単位以上

〇単位

六単位

保健体育 四単位

〇単位

四単位

実技 二単位

二単位

理論 二単位

二単位

然して申立人の受講可能学期は残り一学期であるが、右残単位数は残り一学期に充分取得可能なものである。

ロ 被申立人が本件休学願を不受理と決定し、それを申立人に通知したのは昭和五三年九月二〇日であり、願書より五か月足らず経過してからであり、しかも在学期間満了の日のわずか一〇日前である。

このように、申立人において他に手段を取り得ない程長期間許否の決定を遷延していたことは、明らかに不当違法とされるべきである。

(二) 本件除籍処分の違法性

右のとおり、本件休学不許可処分は違法無効であり、その結果としてなされた本件除籍処分は違法無効である。

3  執行停止の要件について

(一) 本案について、理由がないとみえるときに該当しない。

前記のように、むしろ本案について十分理由ありと認められる。

(二) 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれはない。

本件執行停止が認められた場合には、申立人は九大生としての身分が仮に保全され、従つて講義を受け、単位取得のための試験を受けることが可能となるだけであり、このような事実によつて教育現場の混乱が生じることはあり得ない。

(三) 本件処分により申請人は回復困難な損害が生ずるおそれがあり、これを避ける緊急の必要性がある。

申請人は、現在保釈出所中であり、いつでも学業に復することは可能である。然るに裁判が長期にわたることを考えれば、本案判決まで復学できないことになれば、その間学業から遠ざかることになり回復困難な損害を生ずるおそれがある。

4  右により処分の執行停止の要件は充足しているところであるから直ちに申請の趣旨記載の裁判ありたく本申請に及ぶものである。

第二被申立人の意見 <略>

第三当裁判所の判断

一  本件除籍処分に至る経緯

申立の理由1(一)(二)及び(四)の各事実、同(三)のうち申立人が保釈になつた事実を除くその余の事実並びに被申立人が本件休学不許可及び除籍の各処分をしたことは、被申立人の認めるところである。申立人が昭和五三年九月二〇日に保釈により釈放された事実は、一件記録によつて、これを一応認めることができる。

申立人が昭和五四年三月三日本件除籍処分の取消しを求める本案訴訟(当庁同年(行ウ)第三号)を提起し、同事件が現に係属していることは、当裁判所に明らかである。

二  「回復困難な損害」について

申立人は、本案判決がなされるまで長期間学業から遠ざかることをもつて回復の困難な損害であると主張する。しかしながら、かような不利益は、本件除籍処分の如きいわゆる放学処分(公の教育施設の利用関係すなわち在学関係から学生を排除する処分)に当然に伴う一般的な不利益であつて、これをもつて本件除籍処分の効力停止のために必要とされる「回復の困難な損害」に当るとすることはできない。そして、もし申立人が本案訴訟に勝訴して在学関係を回復することになつた場合、そのことが申立人にとつて無意味であるとか、あるいは、実質的にそれが困難になるといつた事情が存することについて、申立人の主張及び疎明はない。

三  結論

してみれば、本件申立ては、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので、これを却下することとし、申立費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 富田郁郎 小長光馨一 古賀寛)

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